グリーンモビリティによるディーゼルエンジン等の排出規制の潮流
1.はじめに
全地球的に環境問題が深刻化する中で、大気汚染対策はその重要な課題の1つです。特に都市部での大気汚染の最大原因は道路輸送ですが、その汚染物質源である自動車の排ガスについては、世界各国で規制が取り組まれています。本稿ではEUでの最近の動向を中心に、これまでの取組みも含めて解説します。
2.欧州における自動車排ガス規制
自動車排ガスについては、日本では規制対象の重点をNOxに置くのに対し、欧州ではCO2を重視する傾向にあります。また欧州では年間走行距離が大きいため、特に乗用車ではガソリンエンジンに比べCO2排出が少なく低燃費のディーゼルエンジン車が重視され、ガソリンエンジン車と同程度にまで普及してきたという経緯があります。
欧州全体としての自動車排ガス規制の最初の取組みは、欧州経済共同体(EEC)時代の1970年施行の理事会指令70/220/EEC (*1) で、排ガス中の一酸化炭素および炭化水素を所定の基準値未満とし、それを満たした自動車に対し、加盟各国政府は型式認証を与えることとしました。
以降継続的に規制強化が進められ、1991年に施行のEuro 0以降、Euro 1,Euro 2、…と続きました。
2013年以降段階的に施行されたEuro 6/VI(総重量3.5ton以上のトラックやバスの重量車については、規制が別となっており、ローマ数字で表記)(*2),(*3) では、ディーゼル車に対するNOx排出基準をガソリン車並みに厳しくする、粒子状物質については排出重量だけではなく、粒子数についても基準値を設ける、また2015年に発覚したフォルクスワーゲン社のディーゼル車の排出ガス不正問題をきっかけとして、実際の走行時の数値も規制対象とするRDE規制(Real Drive Emissions)を導入する等の措置が執られました。
3.欧州グリーンディールとEuro 7の提案
欧州グリーンディール(European Green Deal)は、最新の資源効率の高い、競争力のある経済社会を目指す新たな成長戦略として2019年12月に発表されました。(*4)EUの最重要政策として位置付けられ、以降、各分野でこれに沿った政策が進められています。
その目標の1つとして、2050年において温室効果ガス排出を実質ゼロとすること(カーボンニュートラル)が掲げられています。こうした流れの中で2022年11月、次段階の自動車排ガス規制目標として、欧州委員会によりEuro 7が提案されました。(*5) これは6章20条6附属書より成り、一部の規制値が未策定のところもありますが、Euro 6/VIに比して更に一段と厳しい規制内容が織り込まれています。
なお本提案にはCO2の規制値は織り込まれていませんが、CO2削減については同年10月に欧州委員会から新たな大気と水に関する規制 (*6) が提案されており、これとEuro 7とをいわば車の両輪として、上記カーボンニュートラルの目標達成を意図しているものと思われます。Euro 7の主要な内容は以下のとおりです:
(1)路上排ガステストにおける運転条件の拡大:テスト走行時気温を最大45℃とすることや典型的な通勤距離等の条件を採り入れ、車両の実際の使用条件をより適切に反映できるようにする。
(2)大型車への規制強化:ガソリン車、ディーゼル車を問わず、トラック、バスに対して既存の乗用車、バンと同じ基準を適用。またNOxの排出基準値を設定。
(3)ブレーキからの粒子状物質やタイヤからのマイクロプラスチックの排出基準の設定:電気自動車を含む全ての車種に適用。
(4)長期耐久性要求水準の強化:乗用車およびバンに対し、走行距離20万kmおよび10年間基準を満たすこととする。(Euro 6による規定の各々2倍)
(5)バッテリーの耐久性水準の設定:乗用車およびバンに対して、電気自動車への信頼性向上による買い替えの促進を図ることが目的。なおこの際には国連の自動車の安全・環境に関する世界統一基準(Global Technical Regulations:GTR)を考慮に入れるとしている。(*7)
(6)デジタル技術の活用による規定遵守の管理:車載センサーにより、そのライフタイムに渡り、実際の走行時における規制遵守状況のデータ改竄がなされぬ様、当局側で容易に確認できるようにする。これまで取組まれてきた排ガスの浄化技術や電気自動車の導入により自動車起因の大気汚染は低減されてきました。また最近、2035年のEUで販売される全ての乗用車およびバンからのCO2排出量ゼロを達成するとの政策的合意がなされています。(*8)
しかし更にこうした厳しい規制を必要とする背景として、現在上市済みの乗用車およびバンの20%以上、大型車の半数以上は、なお2050年まで汚染物質を排出し続けること、また走行中の自動車のブレーキやタイヤが粒子状物質の主要な発生源となることが指摘されています。このため前記欧州グリーンディール2050年目標達成のためには、更に高レベルの、特に大型車に対する規制が必要であるとしています。そしてこうした規制の効果として、2035年までにNOx排出量は小型車で35%、大型車で56%減少し、粒子状物質は各々13%と39%減少、またブレーキからの粒子状物質の排出量は27%低減するとしています。
4.Euro 7の提案に対する反応と今後
2023年2月、欧州自動車工業会(European Automobile Manufacturers’Association:ACEA)はEuro 7に対する政策提言書を公表しました。(*9)
この中でEuro 7で示された非常に高度な規制値を達成するには多大なコストを要すること、また2025年7月1日より順次施行するとのスケジュールは余裕に乏しく非現実的であることが指摘され、EUとして電気自動車等への移行を目指す中でこうした内燃機関自動車の改良に向けた取り組みへの注力は、自動車業界としてゼロエミッションへの投資を減速させるものとしています。
また同年5月、チェコ、ブルガリア、フランス、ハンガリー、イタリア、ポーランド、ルーマニア、スロバキアの8ヵ国がEuro 7提案に反対を表明したとの報道がなさ
れています。(*10)
この様にEuro 6/VIに続く次段階の排気規制はどの様な形となるかはまだ予断を許さず、今後なお紆余曲折が予想されます。EUの規制動向は米国、日本、中国等、他の自動車生産国の政策へも大きな影響を与えますので、引き続き注意していく必要があります。
引用先
(*1) https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/ALL/?uri=celex%3A31970L0220
(*2) https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A32007R0715&qid=1691934644351
(*3) https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A32009R0595&qid=1691935642749
(*4) https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=COM%3A2019%3A640%3AFIN
(*5) https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_22_6495
(*6) https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_22_6278
(*7) https://unece.org/transport/standards/transport/vehicle-regulations-wp29/global-technical-regulations-gtrs
(*8) https://climate.ec.europa.eu/news-your-voice/news/fit-55-eu-reaches-new-milestone-make-all-new-cars-and-vans-zero-emission-2035-2023-03-28_en
(*9) https://www.acea.auto/publication/position-papers-proposal-for-a-euro-7-regulation/
(*10) https://www.euractiv.com/section/politics/news/czech-led-coalition-of-eight-countries-opposes-euro-7-cars-emissions-standards/
(一社)東京環境経営研究所)
(2023年9月)